春椀は日本料理の中でも、季節の変わり目に最も繊細な表現を求められる椀物のひとつです。山菜の持つほろ苦さは、冬を乗り越えた命の芽吹きを象徴しており、鯛の淡白でありながら奥深い旨味と絶妙に呼応します。清澄に引いた一番出汁を主役とするこの椀物は、盛り付けた瞬間に立ち上る湯気とともに、春の野の情景を食卓に呼び込みます。
わらびの若緑、こごみのさわやかな香り、そして木の芽のピリリとした清涼感。これらの春の恵みを損なわず、それでいて一椀の中に調和させることが料理人の腕の見せどころです。一番出汁の薄口醤油で整えた味付けは、あくまで素材を引き立てるための最小限にとどめます。
山菜の季節は3月下旬から5月にかけて。こごみは比較的アクが少なく下処理が簡単で、ぬめりと独特の香りが春らしさを演出します。わらびは重曹を使ったアク抜きが必要ですが、その手間を惜しまないことが美味しい春椀への第一歩です。鯛は桜の咲く頃に産卵前の脂がのった「桜鯛」が特に美味で、この時期の春椀にはぜひ旬の鯛を使ってください。